2010/09/22

【過去記事】効率のよい勉強法

2008.08.12(大学1年の夏)にその頃書いていたblogに僕が書いた記事.
「効率の良い勉強」はどうしたらできるのか.勉強の相談に乗っているとこんな質問に出会うことが多い.そして,この言葉を発するのは大抵一生懸命勉強してない輩….そもそも「効率の良い勉強」とかいうワードがそもそも大嫌いな僕に取って,一生懸命やってもいない奴からそんな言葉がでたひにゃー.「馬鹿じゃないの?そんなのないし」と一蹴して,軽蔑の念を抱いて終了だね.
さてさて,世の中にはいくつもの「勉強法」と呼ばれるやり方がある.科学的な見地から見ても妥当だと思われる方法から,訳の分からん方法まで.
一度書いたことがあるかもしれないが,僕の登録している家庭教師センターにも一応指導法ってのがあって,その研修とかも新生徒がついたときには必ずある.
これまで2回ほど聞いたわけだけど,確かに間違ったことは言っていないなと思うところは多い.けれども結局は元塾をやっていた人間の考えることだなと言うのが率直な感想.結局根幹のところが抜け落ちてしまっている.残念でならない.どうしても譲れないというか,許せない一言.これについてだけはいつか何とかしてもの申して差し上げようと企てているがなかなかチャンスはない.
「数学は暗記科目なんですよ.」
僕が担当になった最初の教え子の家に顔合わせに行ったときの一言.センター長と出会ってからまだ日のたたないうちの一言だったこともあろうか,いまでも鮮明に覚えている.もしかしたら,一瞬顔に出てしまったのではないかと思うくらいの怒りがこみ上げたが,とりあえず封印.これが良かったのか悪かったのかは……?
確かに,受験の問題というのはある程度パターン化されいて,分類可能であることは間違いない.一様に定式化することができないわけでもない.
ただ,高校受験といったぐらいのレベルで受験テクニックを4月の時点から教え始めるというか,受験テクニック的に教えていくのが良いのか?
確かに,高校受験という一つの壁を乗り越えることはできるであろう.しかし,その先に何が残るのだろうか.高校での勉強,大学受験,大学での勉強,社会へ出ての活躍といったなかで生きてくる力をつけられるのだろうか?
たかが18年しか生きていない,教育についてまだまだ未熟な僕には断言はできない.
ただ,あの言葉を肯定することはどうしてもできない.
家庭教師は受験対策だけをやれば良いのだろうか?
受験のための対策は大手の巨大な母体を持つ予備校・塾の範疇なのではないか?
地方のひとつの家庭教師センターがそのような予備校・塾同じような方法で指導していって良いのだろうか….
答えが見いだせるのはいつになるのだろうか.
そのヒントをこの夏休みにつかめたらいいなというのが今夏休みの一つの目標でもある. 

基本的には,人の話は「んー,そうねー,それもあるねー」とどっちつかずな反応を見せる僕ですが,NGワードとでもいえる,ワードが出ると(上だと「効率のよい勉強」とか「数学は暗記です」),どうもぷっつんきてしまって,心のシャッターが降りるようです.(というのは本題からそれるので置いておいて)


このときから2年経って思うこと.
やっぱり,「生徒の性質に合わせて,各教科の根っこの部分を少しでも見させてあげること」が大切.そう,思います.

先日,短期で新規のカテキョ依頼をもらいました.
そこへ紹介されに行く道中,久々にセンター長と話をしました.彼曰く,途中でやめちゃだめなんだよね-,点数が上がったとか,高校入試は終わったとかでやめちゃうと,大学入試までつながらなかったり,点数が下がっちゃうんだよ.だから,やめさせないようにしてるんだ.
勉強できるつもりになって,やめて,また元の勉強法に戻ってしまってだめになるとも.

至極当たり前なコトだと思った.
センターの方針の通り進めていれば,確かにカテキョがついている間は,成績を伸ばすことができるかもしれない.けれども,上っ面だけをなめるような,勉強しかできていない生徒たちが,カテキョの手から解放されたら,そりゃ,元に戻るさ.どうしていいかすらわからなくなる.

とにかく何でも教わること,指示されること,与えられることになれてしまっているのだから.


経営上のコトを考えると,中学ないし小学校から高校卒業までとどめておけば,顧客の確保には困らない.そんな戦略によるものだとすればまぁ,仕方がない.所詮は営利を目的とした企業なのだから.



全体を変えることはできないかもしれないけれど,せめて自分の担当生徒ぐらいは....
成績を上げることは,当然だけど,それだけなら僕が担当必要はないと思う.
もっと,受験に必死だった人が担当すればいい.

画一化された,指導を望むなら僕を雇わねばいい.

許されるというのなら,十分に保護者と生徒にこちらの意図を伝えた上で,僕だからこその方向で導いて行きたいと思う.


それが,「生徒の性質に合わせて,各教科の根っこの部分を少しでも見させてあげること」.





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