2012/02/07

「問題意識」を「明確に」もつこと

卒研のポスター発表を終えて,無事厚岸に戻ってきました.
厚岸を離れていた間かなりしばれたようで,厚岸湖の結氷部分も広がり,宿舎の水道管が
凍結するなんてことが起こっていました…


今日は,イケダハヤトさんの下記(一部抜粋)について取り上げます.
多くの人と企業は「現状を変えたい」という意思なしに、盲目的に経済システムを回していると言っても過言ではないと思います。

そういう意味では、問題意識の欠如こそが、日本の病だと僕は考えています。
「こうあったらいいな」と思う社会を想像し、それを創ろうとする努力が本当に足りないのではないでしょうか。
この努力は全く難しいことではなく、道具も教養も不要です。5歳の子どもでもできることだと思います。それなのに、とても盲目的に僕たちは生きています。
今クールなのは「現状を変えたい」と願い、行動する人たち-ikedahayato.blog http://www.ikedahayato.com/?p=5727 
教採の2次試験で落っこちたという話をしたりするなかで,「どうして教師になりたいの?」という
問いを良くされるのですが,正直斉藤はそれへの返答に少し困ります.
おそらく期待される答えというのは,
 「△△時代の○○先生の影響を受けて」とか,
 「人に教えることが好きで,子どもも好きでして」とか,
 「○○の面白さを子どもたちに伝えたい」とか,
 「子どもたちの夢の実現に協力したい」とか言うことなのかなと勝手に思っています.
少なくともどの理由もある意味斉藤の思っていることの一つではあるけれども,
教師になりたい決定的な理由ではありません.
なりたいというよりならねばならない気が漠然とするといったところです.

何でそんな風に思うのだろうかといろいろと考えてはいたのですが,結局自問の中では,
結論は得られていなかったのですが,卒研発表の前後で久々な面々などと会話をしているなかで
気がつきました.


・斉藤は日本の教育に満足していない.
・いろいろな社会のゆがみは元をたどればある意味で教育の失敗によると斉藤は思う.
  ↓
・トップダウン式で変えるのもあるけれど,結局今までの教育改革はそれでうまくいっていない.
  ↓
・同じ方法でやっても仕方ないから,ボトムアップ(現場から)変えていくのが良いのであろう.
  ↓
・教員になりましょう


ということなんだろうと思いました.
結局,先に挙げた期待される志望理由が決定的な気がしないのは,それらが,
「教師になって子どもたちに教える」という営みの先を見通せていない理由だからなのでしょう.
冒頭のイケダハヤトさんのblog記事と絡めていくと,「問題意識」という観点が見えない理由だから
なのでしょう.


ぼやっと問題意識というか,違和感を感じている人はたくさんいるのだと思います.
でも,それを意識すること,解決のために自分のできることを探すことができていない
のだとも思います.

それは結局の所,提示された問題を解決することしかしていない,
日本の教育の問題なのだと斉藤は思います.



何でも教育の問題にしてしまうのが斉藤の悪い癖ではありますが,
実際,社会は人によって作られ,人を社会に適合させるのは教育の為すものであるのですから,
社会のひずみのスタートは教育に帰因するのかと思うんですけどね.
どうなんですかね?




自分が教師になろうとしている理由がはっきりとできたという点で,今回札幌でお話しを
いろいろとさせてもらった人たちには大変感謝であります.

0 件のコメント:

コメントを投稿