2012/03/16

授業のバックチャンネルをどう生かすか?

しばらく寝かせていたのですが,東大の中原さんのblogで取り上げられていた,
「ツイッターで授業中につぶやくこと」について,先日ある人と呑んだときにこれと少し
関係のある事柄について話したので,アウトプットしておきます.

 ツイッターなどで授業中につくられるもうひとつのコミュニケーションチャネルを、研究の世界では「バックチャネル」といいます。
 授業や講義がフロントチャンネルだとすれば、その背後(バック)で、もうひとつの情報チャネルが存在している。それが、いわゆるバックチャネルです。(NAKAHARA-LAB.NETより)

バックチャンネルを取り入れて授業の活性化をしようという試みは,PCCなんかでも
発表がされていた記憶があります.

手を上げたり,配られたプリントの所定の枠を埋めねばならないという強迫観念に駆られての
意見を述べることよりも,手軽に,気軽に意見や質問を述べやすいという意味では,
ツイッターなどが授業の中での生徒側からのフィードバックないし,生徒間相互作用をおこすための
ものとして,活用されていくことには斉藤も期待するところは大きいです.
とかく、今は、ツイッター万歳の風潮がありますので、人は「バックチャネルが活発化していれば、よい学びができている」と考えがちです。また、「バックチャネルがいまいちだと、個人の学習効果は低かろう」と類推します。(NAKAHARA-LAB.NTより)
この問いを考察するためには、いくつもの要因を統制する必要がありそうです。例えば、「個人が既にもっている知識量」と「個人が既にもっている情報処理能力」などです。(NAKAHARA-LAB.NTより)
中原さんの指摘にある所はおざなりにされているところのようですが,至極重要な視点だと
思います.「学習」という行為についての視点ではこの点がかなり重要なことですが,
そのほかにも考えるべきことがあるのではなかろうかとも思います.


それは,斉藤がツイッターを授業のバックチャンネルとし使うことに期待する一つの要素でも
あるのですが,先にも挙げた「手軽に,気軽に意見や質問を述べやすい」に関係した点です.
ツイッターはミニブログと称されることもありますが,ブログよりもかなり敷居が低いものだと
斉藤は認識しています.だからこそ,どうでも良いことまで気軽につぶやけるて,思わぬ所から
議論がわいたりするものなのだと斉藤は思っています.おそらく,多くの日常的にツイッターを
使っている人たちにとってはそうなのだとも思います.

そういう人たちにとっては,ツイッターが授業のバックチャンネルに入ってくることは,
「手軽に,気軽に意見や質問を述べやすい」 ツールが入ってくる訳ですから,
これまでのように手を上げてや指名されて発言してドキドキしたり,
ひとりで紙面に向かったところで書くこともそんなないであろうプリントの多きなコメント欄に
戸惑って書くことを放棄したり,テンプレート的なことを書くだけだったりすることからの
解放となって歓迎されることでしょう.

一方で,旧来式の方法を得意とする人たちや,ツイッターなどが日常使いのツールではない
人たちにとって,ツイッターなどによるバックチャンネルはかなり敷居の高いものになりかねない
とも考えられます.



結局の所,授業(学習)と日常が別け隔てられている所に一つの疑問を感じます.
友人たちとの中では活発に活動も話もするのに,授業(学習)となられば,
突然黙り,静かになる人を誰しも知っていることでしょう.
授業(学習)が日常ではなく非日常に分類される行為となってしまっていることを打開する,
一つの方策が,日常的なツールを取り入れること,日常的な作業を取り入れること
(または,その逆もあるかもしれませんが…)なのではないかと思います.

ただ,デジタルデバイドという言葉があるように,情報機器や情報サービスへの
日常での利用度合いは若年層でさえまちまちであって,
とりわけ公教育に導入される場合にはそういった点もふまえた授業デザインが
必要になってくるのかと思います.


多様化する学びの形に全員が同じ方向を向いて同じことをする今の日本式というのは,
なかなか厳しいのかもしれませんね.

引用元:NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: ツイッターで授業中つぶやくことは、「よい学習」なのか?

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