2013/11/10

情報機器が発達した現代でも,生物の授業でスケッチさせる意味

 高校までの生物の実習といえば,「○○の観察」とか「○○の解剖」というのが中心。
物理とか化学とかみたいに,条件を制御して,得られた数値データを比較して,みたいなものは皆無ですね。そのせいか,生物は文系生徒のための暗記科目といわれたぐらいにして,科学らしさが現れないのが悲しいところです。(というのは別の機会にして…)

 「○○の観察」とか「○○の解剖」をすると,時間があれば,スケッチで記録することが多いでしょう。このスケッチですが,どういった目的で行われているのでしょう。
 恐らく,多くの人が思いつくのは,「結果を残すため」ということでしょう。実際,レポートの結果的な欄に記述することが多いでしょうし,そういう側面は間違いなくあります。
 数年前までならこれだけでも十分なスケッチの目的だったのかもしれませんが,情報機器が発達した今では,ちょっと合いません。記録を残すだけなら,写真を撮れば十分です。
 今や,中高生はみんなたいていスマホないしガラケー(フューチャーフォン)を持ってます。それには必要十分な機能を持ったカメラが搭載されています。肉眼での観察ではもちろんのこと,顕微鏡での観察でも,ケータイカメラを使っての記録は容易くできます(参考)。

タマネギの根端分裂組織を用いた体細胞分裂の観察
iPnone4Sで撮影
 たとえば,高校生物基礎の教科書に掲載されている,体細胞分裂の観察の実験なんかは,プレパラートの作成と,分裂期の細胞がよく見られる部分の探索ぐらいまでで1コマ分の時間となってしまいます。順調に進んだり,こちらである程度用意することで,多少スケッチさせる時間をとることはできるでしょうが,高校生物基礎では,観察できた各段階の細胞数から,各細胞周期にかかる時間を考察させるなんて課題があります(そもそも体細胞分裂の観察自体は中学校で取り組んでいることが多い)。
 だいたい一視野で数百個の細胞が見えるというのに,これを段階ごとに計数させるところまで,1コマで終えるのは至難の業ですが,ケータイカメラで写真撮影させておけば,後でゆっくり計数させられます。



 となってくると記録の意味でのスケッチは目的を失うことになります。むしろ写真というよ手軽で,正確に記録できるツールに歩があるように思います。


じゃあ,スケッチなんてさせなくていいじゃん!


 という声が上がってくることかと思いますが,スケッチには,結果を記録するよりも教育的に重要な意味があります。それは,

ものをよく観察させる手段

ということです。
 英文だったり古文漢文だったり,社説だったりをノートに書き写させるという作業がありますよね。これって文章を書き写すことで流し読みを防止させて,じっくりと読ませるという意味をもっています。単に「よく読めよ」と指示しても,生徒は読み飛ばしをしたりするので,書き写させますよね。もしくは,重要なところに線を引かせながら読んだりしますよね。
 これの生物版がスケッチなんです。生物のスケッチは見たものをそのまま書くわけではありません。顕微鏡で観察するときなんかは,気泡やゴミが対象物についてしまうこともありますが,これは通常無視して書きます。なぜなら,気泡やゴミは今回対象としている観察物ではないからです。
 また,実線と点描のみで書いて,着色などはしません。故にペイント(paint塗り絵)ではなく,ドロー(draw線画)なのです。ということで,斉藤は線を引くという意味合いで「スケッチをかく」の「かく」には,「書く」の方を好んで使います。「描く」だと何となくペイントの要素を強く感じるので。観察物の形状をしっかりと理解しなければ実線だけで書くことは困難です。デッサンならよく分からないところは上手くにごまかすこともできますが,実線だけでそれをするのは至難の業です。

 これはかなり個人的な印象なのでどうだろうかと思いますが,生物の観察の実習って何とな軽んじられている気がします。絵書けばいいんでしょみたいな感じで。絵(スケッチ)を書くことは目的ではなくて,観察対象物の構造を理解することが目的だということが認知されていないのが悲しいです。なんだか,言語活動の充実とかでグループディスカッションとかすればいいんでしょと同じような悲しさです…。


手段と目的をはき違えないようにしたいですね。





P.S.

今年Science Window春号にこれに関連した特集記事がありました。

[特集]見るから描ける 描くから見えてくる

是非,ご覧ください。

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